仲間(友)ととも(共)に、この病気と生きていこう!

という前向きな気持ちになる存在になれば・・・

そんな想いからこのバッヂはうまれました。


(収益はより多くの方にMS・NMOを知ってもらう為の活動資金とさせていただきます)


※バッヂはイベント時に販売しております。よろしくお願い致します♪

MSバッチ

LIVE with MS・NMO

『とも(友・共)につなぐ MS・NMOバッヂ』


1つ 200円




イベント情報


2018年11月25日(日) 13時30分〜16時(13時 受付開始)

      第7回 LIVE WITH MS・NMO 〜患者・家族交流会〜


全国多発性硬化症友の会 関西支部の歩み


*全国多発性硬化症友の会は

昭和472月に東京新宿にある鬼王神社の集会所で4人の患者と医師・看護師・ボランティアが参加して設立されました。今年で創立45年目になります。

「多発性硬化症」は、自己免疫疾患で中枢神経を侵される神経難病です。設立当時は「多発性硬化症」という病気は日本には存在しないと言われていました。アメリカやヨーロッパの国に多く、働き盛りの若い世代で発症し、この病気の特徴である再発を何度も繰り返すことから、患者さんの生活は困窮を極め、悲惨な状況にありました。そこで各国では民間の団体が、患者さんの支援に乗り出しました。この団体を多発性硬化症協会といいます。45年前、すでに国際組織「世界MS協会」がありました。MSというのは多発性硬化症のことです。その協会の理事に九州大学の黒岩義五郎先生がおられました。黒岩先生は当時日本にも多発性硬化症は存在すると初めて明らかにした先生です。先生は日本にも「多発性硬化症協会」を作ろうと考え、財界の人々や患者さんにアプローチを始めていました。そんな折、長野県の堀内勇一郎という青年が新聞で先生の事を知り手紙を出しました。堀内青年は自分の病気が何なのか分からず、長い間苦しんできました。いろんな病院に行きましたが病名は確定しませんでした。ある日黒岩先生の活躍を伝える新聞記事を読んだ彼は、自分の病気は黒岩先生の言われるこの病気だと確信したのです。ここに黒岩先生と堀内青年の出会いがあり、日本では患者を中心にした「全国多発性硬化症友の会」と支援団体で財界人や専門医を中心とした「日本多発性硬化症協会」が誕生しました。堀内青年は友の会の初代会長に就任しました。

45年前といえば田中角栄首相の時代です。田中総理はロッキード事件で辞任しましたが、福祉面に力を入れてくれた総理大臣でした。当時原因不明のスモン病が社会問題になっており、患者の親の会であるスモンの会が活発に国会請願や厚生省陳情を行っていました。それに引っ張られる形で、いろいろな難病の患者会が生まれました。全国多発性硬化症友の会もその流れの中で結成され、スモンの会やベーチェット病友の会などと協力して難病対策向上のために活動しました。その結果、難病医療費の公費負担制度や特定疾患の研究・治療のための研究班が作られ現在に至っています。

 

現在は、多発性硬化症は年々増え現在は、会員数が約600名で賛助会員も含めると千名の患者会になりました。多発性硬化症の患者は結成時全国に3千名と言われていました。現在は難病の特定疾患に申請された数でいうと1万8千名の患者さんが全国にいらっしゃいます。多発性硬化症は年々増えているのです。ここ数年多発性硬化症の中に病気の原因か異なる視神経脊髄炎やMOG抗体疾患という病気が含まれていることも分かってきました。医学は進歩し新しい治療法や薬も開発されてきましたが、病気の本質は45年前とそれほど変わっていません。発病すると再発を繰り返し、長期にわたって闘病生活が続きます。確かに早期診断・早期治療による重症化の軽減や再発回数を抑えることができるようになってきましたが、30代から40代の働き盛りで発症し、長期にわたる治療が必要なことから精神的にも肉体的にも経済的にも大きな重圧がかかります。

私たち友の会はこれらの重圧を共有し、負荷を少しでも和らげられるよう活動を続けています。

全国友の会には支部もあります。まだ少ないですが全国に支部ができるようになり活動しています。

 

*私たち関西支部は

昭和56年に京都で開かれた国際多発性硬化症会議に参加したことがきっかけとなって昭和57年6月に支部を発足しました。

病院ではほとんど同じ病気の人に会うこともなかったのですが、会議に参加したとき多くの患者さんに会いました。その時のことを「どこを見ても多発性硬化症の患者さんでいっぱいでした」と書かれています。

私たちはすばらしい体験をすることがだきました。

東京まで遠く行くことが出来なくてもせめて関西だけでも集まれたらと思うようになりました。

それで決して一人ではないことに気が付き集まりたいと思いが深まり、この会を立ち上げるきっかけとなりました。

 そんな時に斎田先生の医師としての立場からの温かい助言やご協力を頂き、この会が発足する運びとなりました。

昭和57年6月6日に第一回全国多発性硬化症友の会設立総会が行われ、支部として発足しました。

長野県から故堀内会長やMS協会の故和泉国夫様の出席もあり、参加者36名にて盛大に行われました。

初代の支部長は「皆さんにもご協力いただいて明るい会にしたいと思います。」

副支部長は「支部の発足は意味深いものである。」

会計の方は「皆様と手をつなぎ助け合って頑張りたいと思います。」

会計監査の方は「医療情報が大切だと思う。」

そして一回目のニュースに「同じ病気の人でないと理解してもらえない悩み・苦しみを励ましあったりして病気に負けず、毎日を明るく・強く生きていこう」書かれていました。

その思いを継いで友の会は本日に至っています。

今年で支部活動は35年目を迎えました。

 

*その中活動は

京都にて全国総会を3回開催ました。

20周年には一般の方に「私たちの病気を知ってもらおう」とコンサートを行いました。

いろいろな先生に医療講演や医療相談もしていただきました。

みんなで、「みんなしあわせMSニュース」のニュースの名前考えたり、「共に友につなぐMS/NMO」バッチを作ったりもしてきました。

何と言っても交流会に力を注いできました。

アットホームな会と言われてきました。

宿泊交流会も行いなした。

会員さんの訪問もしました。

社会的な活動としては、

〇より充実した難病対策の充実を求めて、役所や保健所、職安(現ハロー

 ワーク)への訪問

   〇日本難病・疾病団体協議会(JPA)を通じて、難病対策の強化を求める

国会請願活動に毎年参加。京都難病連の街頭署名活動にも参加。

京都難病連の活動にも参加しています。

しかし色々やってきましたが活動を続けるのがどうしても困難な時期もありました。

そんな時は会員さんや京難連の方に助けられながら、どうにか活動を続けることができました。

そして今も多くの方に支えてもらって今日に至っています。

 

*現在の活動は

総会 年一回

医療講演会 最新の医療情報の提供

医療相談 医療者による相談・ピア相談

交流会や会員さん同士で楽しめるイベント

みんなしあわせMSニュースの編集・発送、

ひとこと手書きの暑中見舞い、

各支部会活動(さらに身近な交流によるふれあい、情報交換)

*友の会としての思い

 私たちの友の会は、言い換えれば同窓生みたいなものです。

 同じ病気を持った同窓生なのです。

 性別も違い年齢も違い症状も違います、でも分かち合える友達です。

 古い友達と会ったように話が弾むのです。

 あ〜同じなんだ、一緒なんだ、と思えたら少しは苦しみが和らぎます。

 「ひとりじゃない」と思えるのです。

 

 関西支部のスローガンは、

 「多発性硬化症の患者が、その人らしく生きる権利を守るために活動すると共に、患者同志の交流を深め、お互いに助け合ってどんな時も強く明るく生きていこう」

 設立当初の思いを受け継いで活動しています。

 設立当時から思えば、病気の診断や治療はずいぶん進歩してきたのも事実です。

 MS/NMO/MOG抗体疾患 と診断されるようにもなりました。

 難病に対する法律もできました。

 しかしながらこうしたら治るといった治療は確立されていません。

 病気の原因もわかっていません。

 まだまだ問題は多くあります。

 私たちは病気になっても、ならなくても、その人らしく生きる権利があります。

 それを守りながら友の会としてはまだまだやりたいことがいっぱいあります。

 どのようにしたら良いのか考えながら会員の皆様と一緒にこの病気がなくなる日まで共に活動していきたいと思っています。

                

 2016.8.31

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